東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)126号 判決 1974年8月29日
新潟県上越市本町二丁目四番一〇号
原告(選定当事者)
櫛筍信一
右選定者
別紙選定者目録記載のとおり
右訴訟代理人弁護士
高橋利明
東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地
被告
日本橋税務署長
寺崎五郎
右指定代理人
玉田勝也
同
角張昭治郎
同
佐伯秀之
同
白鳥庄一
右当事者間の相続税更正処分等取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
一 被告が昭和四一年七月一二日付で原告を含む別紙選定者目録記載の選定者らに対してした昭和三九年八月五日相続開始にかかる相続税の各更正処分および各過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも裁決により減額されたもの)のうち、選定者櫛笥マスノについては課税価格九、六八五、一〇〇円を超える部分を、原告を含むその余の選定者らについては課税価格各四、八四二、五〇〇円を超える部分をそれぞれ取り消す。
二 原告のその余の各請求を棄却する。
三 訴詮費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和四一年七月一二日付で原告を含む別紙選定者目録記載の選定者ら(以下、「原告ら」という。)に対してした昭和三九年八月五日相続開始にかかる相続税の各更正処分および各過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも裁決により減額されたもの)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
1 原告の各請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 選定者マスノの夫であり、その余の原告らの父である被相続人櫛笥一臣(以下「一臣」という。)は、昭和三九年八月五日死亡し、原告らは同人の遺産を相続した。
2 原告らは、右相続にかかる相続税について、昭和四〇年二月五日被告に対してその課税価格および税額を別表一申告額欄記載のとおりとする申告書を提出したところ、被告らに対して、昭和四一年七月一二日付で同表更正額欄記載のとおりの各更正処分(以下、「本件各更正処分」という。)および各過少申告加算税賦課決定処分(以下、「本件各賦課決定処分」という。)をした。
3 原告らは、本件各更正処分および本件各賦課決定処分を不服として同月二六日被告に対して異議申立てをしたが、同年一〇月二四日これを棄却されたので、同年一一月九日東京国税局長に対して審査請求をしたところ、同局長は、昭和四二年四月一九日別表二記載のとおり原処分の一部取消しの裁決をなし、同裁決書騰本はそのころ原告らに送達された。
4 しかしながら、本件各更正処分(ただし、前記裁決により減額されたもの。以下、同じ。)には課税価格を過大に認定した違法があるから取り消されるべきであり、したがつてまた、本件各賦課決定処分(ただし、前記裁決により減額されたもの。以下、同じ。)も取り消されるべきである。
よつて、原告は、右各処分の取消しをめる。
二 請求原因に対する被告の認否
請求原因1ないし3の事実は認めるが、同4の主張は争う。
三 被告の主張
本件各更正処分における課税価格の認定は、以下に述べるとおり正当であり、本件各更正処分および本件各賦課決定処分に原告主張のような違法はない。
1 原告らの相続税の課税価格の合計額は三三、三〇八、四〇〇円であり、これは次表(一)の総遺産価額六五、一四三、七八〇円から同表(二)記載の債務控除額三一、八三五、二八四円を差し引いて算出したものである(ただし、昭和四二年法律第一四号による改正前の国税規則法九〇条一項により一〇〇円未満の端数は切り捨てる。)。
<省略>
2 右のうち、争いのある事業用財産および借入金の認定根拠について説明する。
(一) 事業用財産について
(1) 被告認定の事業用財産四八、〇五〇、一四四円の内訳は次のとおりである。
(イ) 樋口かおるに対する貸金債権二三、四八四、九四〇円
(ロ) 右債権に対する日歩八銭の割合による二年分の遅延損害金一三、七一五、二〇四円
(ハ) その他の事業用財産一〇、八五〇、〇〇〇円
(ニ) 合計((イ)+(ロ)+(ハ))四八、〇五〇、一四四円
樋口に対する右貸金債権額二三、四八四、九四〇円は、樋口が一臣から金員を借入れるにあたつて振出した次表(以下、「手形表」という。)記載の約束手形の額面金額を合計したものである。
<省略>
原告は、樋口に対する右貸金債権額二三、四八四、九四〇円を争つているが、第五回口頭弁論期日において被告主張の右債権額を認めたのであるから、右自白の撤回には異議がある。
原告は、また、前記手形表の番号16の約束手形偖権および同17、19、21の各約束手形債権の一部が一臣の遺産に含まれることを争つているが、原告は右各約束手形債権がすべて一臣の遺産に含まれることについて第七回準備手続期日において認めたのであるから、右自白の撤回にも異議がある。
(2) 原告は、樋口に対する右債権(貸金債権およびその遅延損害金を含む。以下、同じ。)のうち、一二、〇〇〇、〇〇〇円を超える部分については相続開始当時すでに回収不能であつた旨主張するが、以下に述べるとおり、右債権は全額回収可能なものであつた。
(イ) 右債権については、別紙物件目録記載の樋口所有の土地および建物(以下、「本件土地、建物」という。)について、昭和三六年六月二八日債権元本極度額三〇、〇〇〇、〇〇〇円、利息日歩五銭、遅延損害金日歩八銭、持分一臣・蔦谷亀太郎各二分の一とする根抵当権の設定とその登記が、次いで、昭和三七年五月四日債権額一六、〇〇〇、〇〇〇円、利息日歩五銭、遅延損害金日歩八銭、持分一臣・蔦谷亀太郎各二分の一とする抵当権の設定とその旨の登記がそれぞれなされていたものであり、本件土地、建物は相続開始時において一〇五、五五七、八〇〇円の価値があつたから、右土地、建物については、それによつて担保されている樋口に対する一臣の債権よりも優先順位ないしは同順位の左記債権合計六四、八二八、一二四円があるといつても、樋口に対する一臣の債権は十分回収が可能なものであつた。
(a) 優先順位債権
<省略>
(b) 同順位債権
<省略>
ところで、被告が本件土地、建物の相続開始時における価値を一〇五、五五七、八〇〇円と評価した根拠は次のとおりである。
すなわち、原告らは、相続開始後間もない昭和三九年一〇月一〇日に笠原商事株式会社(形式上の買主は株式会社つるやである。以下、同じ。)に対して本件土地、建物と熱海市泉元宮上分字水ノ口沢上二五一番地の宅地(二〇、二四一 三二平方メートル)および本件土地、建物内に存する什器類、電話の加入権、温泉の使用権と一括して代金一一〇、〇〇〇、〇〇〇円で売渡す契約をした事実があるので、右契約の売買代金を参考として本件土地、建物の価格を算出すると、右売買物件のうち、本件土地、建物を除くその余の物件(以下、「本件什器類等の物件」という。)の価格は次のとおり合計四、四四二、二〇〇円であるから、これを差し引いた残額の一〇五、五五七、八〇〇円が本件土地、建物の価格ということになる。
<省略>
なお、右評価額が正当であることは、静岡地方裁判所沼津支部より鑑定命令を受けた鑑定人が昭和三七年六月一九日付でした本件土地、建物の鑑定評価額が土地部分五三、三二六、五〇〇円、建物部分四一、一六〇、四五九円であつたから、右土地評価額に相続開始時までの地価の上昇率一二パーセント(この率は、財団法人日本不動産研究所による六大都市を除く地域別市街地価格推移指数表により、鑑定時の昭和三七年度を一〇〇とした場合における相続開始時の昭和三九年度の地価指数のうち、上昇率の最低指数を採用したものである。)を乗じると、右土地の相続開始時における価額は六七、七二四、六五五円となり、また、右建物評価額から相続開始時までの二年二月間の減価償却二、九七二、七〇〇円(同建物は鉄筋建物を含んでいるが、償却額の最も大きい木造建物の耐用年数の二七年を採用し、定額法によつて算定したものである。)を控除すると、右建物の相続開始時における価額は三八、一八七、七五九円となり、これらを合算すると、一〇五、九一二、四一四円となることからも明らかである。
(ロ) また、樋口に対する前記債権が全額回収可能であることは、次の事実からも明らかである。
すなわち、本件土地、建物と本件什器類等の物件についての原告らと笠原商事との間の前記昭和三九年一〇月一〇日付売買契約は、その後昭和四三年五月二一日に売却代金額一二五、〇〇〇、〇〇〇円に増額するなど右契約の履行方法等についての再契約が締結されたうえ、履行されるに至つたが、原告らは、右売却代金一二五、〇〇〇、〇〇〇円のうち笠原商事が直接支払を約した本件土地、建物についての先順位抵当権者静岡銀行に対する樋口の債務弁済金四〇、〇〇〇、〇〇〇円右樋口に対する示談金一〇、〇〇〇、〇〇〇円、利害関係人小川誠一に対する示談金一、〇〇〇、〇〇〇円の合計五一、〇〇〇、〇〇〇円を差し引いた残額七四、〇〇〇、〇〇〇円を笠原商事から次表上欄記載のとおり受領し、そのうち二〇、五〇九、九二八円を次表下欄のとおり先順位ないし同順位の債権者(ただし、品川信用組合は本件土地、建物の仮差押債権者である。)に支払い、残額五三、四九〇、〇七二円を収得している。
<省略>
ところで、本件土地、建物を売却した当時、原告らは、いまだ右土地、建物の所有者となつていなかつたのであるから、原告らが右土地、建物を笠原商事に売却し、その代金の一部を他の債権者や利害関係人に支払つたのは、原告らが相続により取得した樋口に対する前記債権を回収する一手段としてなされたものといわなければならない。そして、これにより、原告らは、右の五三、四九〇、〇七二円より本件什器類等の物件の売却代金四、四四二、二〇〇円を差し引いた四九、〇四七、八七二円を取得したものであつて、その金額は右債権額(元利合計三七、二〇〇、一四四円)を上回つているのであるから、右債権が一部回収不能であるとの原告の主張は失当である。
(二) 借入金について
原告ら提出の相続税申告書記載の借入金額は合計二七、〇九〇、〇〇〇円であつたが、被告がその後調査をした結果、右申告書に元利合計三、三三〇、〇〇〇円と記載されていた豊不動産株式会社からの借入金三、〇〇〇、〇〇〇円については相続開始後元利合計三、四〇〇、〇〇〇円がまた、右申告にかかる宇尾野からの借入金六、〇〇〇、〇〇〇円については六、三〇〇、〇〇〇円がそれぞれ返済されていることが確認されたので、被告はこれをそのまま認め、総遺産価額から控除されるべき借入金額を合計二七、四六〇、〇〇〇円と認定したものである。
原告らは、右のほかに別表三記載の未払利息合計八、八七六、一二〇円がある旨主張するが、右主張にかかる未払利息は、次の理由によりいずれも認めることはできない。
(1) 渡辺正に対する未払利息分について
一臣が渡辺正から別表三記載の各金員を借受けたことは原告ら主張のとおりであるが、一臣と渡辺との間には、かつて渡辺が一臣から商売上の世話を受けた経緯があつたため、利息の約定はなされなかつたものである。したがつて、右借入金について未払利息の発生する余地はない。
(2) 豊不動産に対する未払利息分について
一臣が豊不動産から別表三記載の金員を同表記載の利息の約定で借受けたことは原告主張のとおりであるが、右については前記のとおり未払利息(ただし、相続開始後返済されていることは前記のとおりである。)を四〇〇、〇〇〇円として被告主張の借入金中に計上済みである。
(3) 宇尾野直に対する未払利息分について
一臣が宇尾野直から別表三記載の各金員を借受けたことは原告のとおりであるが、右借入れにあたつて利息の約定はなされなかつたものであるから、右借入金について未払利息の発生する余地はない。
四 被告の主張に対する原告の認否および反論
1 原告の認否
(一) 被告の主張1のうち、一臣の遺産として、(一)総遺産価額の項の(1)ないし(7)の各遺産があること、右遺産から控除されるべき債務として(二)債務控除額の項の(1)ないし(4)の各債務があること(なお、その他に後記のとおり遺言執行費用二、〇〇〇、〇〇〇円の債務がある。)右総遺産価額の項のうちの(3)事業用財産を除くその余の各遺産の価額および右債務控除額の項のうちの(1)借入金を除くその余の各債務額が被告主張のとおりであることはいずれも認めるが、その余は争う。
(二) 同2(一)(1)のうち、事業用財産として樋口かおるに対する貸金債権およびこれに対する遅延損害金債権があること、被告主張額の「その他の事業用財産」があること、樋口が一臣宛に前記手形表記載の各約束手形を振出したこと、これらのうち同表の番号16を除くその余の各約束手形は樋口が一臣から金員を借受けるたあたつて振出したものであること(なお、番号16の約束手形は、後記のとおり、樋口が一臣を介して蔦谷亀太郎から金員を受けるにあたつて振出したものである。)、同表の番号1ないし15、18、20、22の各約束手形債権全額および同17、19、21の各約束手形債権の合計額一、四八〇、〇〇〇円のうちの七九三、八一八円(なお、原告提出の昭和四八年一〇月三一日付準備書面によると、右金額は七九九、八一八円となつているが、これは七九三、八一八円の計算上の誤記と認める。)が一臣の遺産に帰属すること、同表の番号1、6、10、13、16の各約束手形が貸付元金の支払いまたはその担保のために振出されたこと、一臣の樋口に対する貸付元金は同表の番号1、6、10、13の各約束手形の額面金額の合計額一七、五〇〇、〇〇〇円であること(仮りに、同表の番号15の約束手形も貸付元金の支払いまたはその担保のために振出されたとした場合は貸付元金は一七、七〇〇、〇〇〇円となること)いずれも認めるが、その余は争う。
原告は、当初、被告主張の樋口に対する貸金債権額を認めたが、右自白は、後記のとおり貸付元金と利息債権とを誤認したことならびに前記手形表の番号16の約束手形債権全額および同17、19、21の各約束手形債権の一部が本来蔦谷亀太郎に帰属するものであるにもかかわらず、それらがすべて一臣の遺産に帰属するものと誤認したためであるから、真実に反し、かつ、錯誤に基づくものである。したがつて、原告は被告主張の樋口に対する債権中前示原告の認める限度を超える部分についての自白を撤回する。
(三) 同2(一)(2)のうち、樋口に対する債権を被担保債権として本件土地、建物に被告主張のとおり根抵当権および抵当権の各設定とその旨の登記がなされていること、本件土地、建物によつて担保されている被告主張のとおりの先順位、同順位の各債権があること、原告らが昭和三九年一〇月一〇日に笠原商事に対して本件土地、建物と本件什器類等の物件を一括して代金一一〇、〇〇〇、〇〇〇円で売渡す契約をしたこと、右売買契約について昭和四三年五月二一日に被告主張のとおりの再契約が締結され、増額された売却代金一二五、〇〇〇、〇〇〇円のうち被告主張のとおり五一、〇〇〇、〇〇〇円を差し引いた残額七四、〇〇〇、〇〇〇円を原告らが笠原商事から支払いを受け、そのうちから被告主張の各債権者に対して被告主張の各金額の支払いをしたこと、右各売買契約当時原告らは本件土地、建物の所有者ではなかつたこと、本件土地、建物について静岡地方裁判所沼津支部より鑑定命令を受けた鑑定人の評価額が被告主張のとおりであることはいずれも認めるが、その余は争う。
(四) 同2(二)のうち、原告らが一臣の借入金を二七、〇九〇、〇〇〇円として相続税申告書を提出したことは認めるが、その余は争う。
2 原告の反論
(一) 樋口かおるに対する債権について
(1) 貸付元金とその利息の区分
被告は前記手形表記載の約束手形二二葉の額面金額の合計額二三、四八四、九四〇円をもつて一臣の樋口に対する貸付元金と主張するが、右二二葉の約束手形の額面金額の大小関係や振出日、満期などの関係からみて、右手形表の番号1、6、10、13、16の各約束手形は貸付元金の支払いまたはその担保のために振出されたものであるが、番号2ないし5の各約束手形は昭和三六年六月二八日貸付けの六、〇〇〇、〇〇〇円(番号1の約束手形)の、同7ないし9の各約束手形は同年七月五日貸付けの六、〇〇〇、〇〇〇円(番号6の約束手形)の、同11、12の各約束手形は同年七月三一日貸付けの二、〇〇〇、〇〇〇円(番号10の約束手形)の、同14の約束手形は同年八月二五日貸付けの三、五〇〇、〇〇〇円(番号13の約束手形)の各利息に相当するものであり、また、番号15、17ないし22の各約束手形も利息に相当することは明らかというべきである。
(2) 前記手形表番号16、17、19、21の各約束手形の帰属
右手形表番号16の約束手形債権(原因関係上は貸金債権)全額および同17、19、21の各約束手形債権(原因関係上は利息債権)の一部はいずれも蔦谷亀太郎に帰属するものである。
すなわち、右手形表番号16の約束手形債権は、本来、樋口に対する一臣との共同出資者である蔦谷亀太郎に帰属するものである。それを原告が前記のとおり一臣のものと誤認し、自白するに至つたのは、樋口との貸付けに関する交渉はほとんどすべて一臣が行なつていた関係上、蔦谷の出資分についてもの金員は一臣を通じて樋口に交付され、それに対する同人振出の約束手形も一臣を通じて蔦谷に交付されていたものであり、右番号16の約束手形もそのようにして一臣が蔦谷に交付すべきものであてたが、右の事情を知らなかつた原告が相続開始後一臣の手元にあつた右約束手形を当然一臣のものと誤認したからにほかならない(なお、蔦谷はその後右約束手形債権に基づいて樋口に対して不動産の任意競売の申立てをしている。)。
また、右手形表番号17、19、21の各約束手形は前記のとおり樋口の借入金債務の利息の支払いのために振出されたものであるが、右各約束手形は振出日と満期との関係からいずれも三〇日分の利息に相当することが明らかであるところ、右各約束手形の額面金額四九五、〇〇〇円(ただし、番号19の約束手形は四九〇、〇〇〇円である。)が一臣の樋口に対する貸付利率月利一分五厘(日歩五銭)の利息に相当する貸付元金額は三三、〇〇〇、〇〇〇円であることが計算上明らかである。一臣の樋口に対する貸付元金額は前記のとおり右手形表番号1、6、10、13の各約束手形金額の合計額一七、五〇〇、〇〇〇円もしくはこれに同15の約束手形金額二〇〇、〇〇〇円を加えた一七、七〇〇、〇〇〇円であり、右の三三、〇〇〇、〇〇〇円には及ばない。しかし、樋口に対する一臣との共同出資者である蔦谷は相続開始当時右手形番号16の約束手形債権三、三〇〇、〇〇〇円を含めて一五、三〇〇、〇〇〇円の債権を樋口に対して有していたから、これを一臣の右債権額一七、七〇〇、〇〇〇円に加えると三三、〇〇〇、〇〇〇円となる。右事実よりすれば、右番号17、19、21の各約束手形は一臣と蔦谷の樋口に対する債権元本合計額三三、〇〇〇、〇〇〇円に対する月利一分五厘の割合による利息の支払いのために振出されたものというべきである。そうすると、右各約束手形金合計一、四八〇、〇〇〇円は一臣と蔦谷の債権元本額の割合に従つて両者に帰属することになるので、これを一臣一七、七〇〇、〇〇〇円、蔦谷一五、三〇〇、〇〇〇円の割合で按分すると一臣の帰属分は七九三、八一八円となる。
(3) まとめ
以上をまとめると、一臣の樋口に対する貸付元金は前記手形表の番号1、6、10、13の各約束手形金の合計額一七、五〇〇、〇〇〇円ないしはこれに同15の約束手形金額を加えた一七、七〇〇、〇〇〇円であり、また、これを約束手形債権としてみた場合には、その元金は右手形表記載の二二葉の約束手形金額の合計額から蔦谷に帰属すべき番号16の約束手形金額三、三〇〇、〇〇〇円と同17、19、21の各約束手形金の合形額のうち六八六、一八二円を控除した一九、四九八、七五八円となる。
そうすると、相続開始時における樋口に対する債権額は、右債権が原因関係上の貸金債権として回収されるものとした場合は、右債権が前記のとおり根抵当権によつて担保されていることからみて右貸金債権一七、七〇〇、〇〇〇円とそれに対する約定の日歩八銭の割合による二年分の遅延損害金の合計額二八、〇三六、八〇〇円となる。一方、右債権が約束手形債権として回収されるものとした場合は、右約束手形債権一九、四九八、七五八円に対して手形の満期日から完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の請求が法律上可能であるから、相続開始時における元利合計金額は別表四記載のとおり二二、二一九、八四八円となる。
しかし、樋口に対する債権は実際には後記のとおり抵当権実行の方法や約束手形金請求の方法によつて回収されたものではなく、このように、相続財産中の債権について社会的には一個の債権ではあるが貸金債権あるいは手形金債権などその法律構成が複数にわたつて可能であり、かつ、現実の回収の結果からみてもそのいずれによつて満足を得たか不明であるような場合には、相続財産としての債権額の認定は、当然に納税者の利益に従つて認定されるべきである。このような見地に立てば、本件においては、一臣の樋口に対する債権額は相続開始時において二二、二一九、八四八円を超えることはないというべきである。
(二) 樋口に対する債権のうちの回収可能限度額について
(1) 被告は本件土地、建物の相続開始時における価値は一〇五、五五七、八〇〇円を下らない旨主張するが、その価値は七二、二九〇、〇〇〇円を超えることはない。このことは、静岡地方裁判所沼津支部において本件土地、建物についての任意競売の申立てに基づいてなされた昭和三七年七月三一日の第一回競売期日および同年一〇月三〇日の第二回競売期日における最低競売価額がそれぞれ九五、〇〇〇、〇〇〇円八四、〇〇〇、〇〇〇円であつたが、いずれも競買の申出がなく、同年一二月一九日の第三回競売期日にようやく一臣が最低競売価額の七二、二九〇、〇〇〇円で競買の申出をし、競落許可決を受けたことからみて明らかである(もつとも、右許可決定に対しては樋口らから即時抗告の申立てがなされ、昭和四一年七月二〇日東京高等裁判所において競落不許可の決定がなされたが、その理由は要するに、一番および二番抵当権者である静岡銀行の申立債権元金三〇、〇〇〇、〇〇〇円およびその二年分の利息の弁済のために本件土地、建物を右金額で一括競売したことは超過競売にあたるというもので、競落価額が低廉というのではない。)。そして、本件土地、建物にはそれによつて担保されている前記優先債権および同順位債権があつたから、樋口に対する前記債権のうちの回収可能限度額は一二、〇〇〇、〇〇〇円を超えることはありえない。
(2) 被告は、また、原告らが相続により取得した樋口に対する右債権を回収する手段として本件土地、建物を売却し、右債権額を上回る金額を現に取得しているから、右債権の回収が一部不能であつたとの原告の主張は失当である旨主張するが、本件土地、建物の売買は債権回収の手段としてなされたものでないことはもちろん、原告らが右債権額を上回る金額を収得した事実もない。
原告らが本件土地、建物を売却した事情および原告らが右土地、建物の売却により現実に収得した金額は次のとおりである。
すなわち、前記のとおり、本件土地、建物の競落許可決定に東京高等裁判所において取り消されたのであるが、右取消決定がなされるまで約三年半も経過したので、右許可決定が取り消されるとは考えていなかつた原告らは、一臣の死亡を契機に相続財産の整理の一環として本件土地、建物を処分することとし、被告主張のとおり、笠原商事に対して本件土地、建物と本件什器類等の物件を一括して一一〇、〇〇〇、〇〇〇円で売渡す契約をした。ところが、右許可決定が取り消され、しかも、その後に至つて本件土地の一部に建てられていた獣舎について昭和三八年五月に樋口の夫樋口雅祥名義の所有権保存登記がなされ、それが転々と移転されて小川誠一の所有名義となつていることが判明し、本件土地、建物の再競売手続は相当の困難が予想されたので、原告らはこれについての一連の問題を話合いによつて解決するほかないと考え、樋口、小川、笠原商事らと話し合い、その結果、昭和四三年五月二一日ごろ、次のような合意が成立した。
(イ) 樋口は示談金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、今後一切本件土地、建物についての権利を主張せず所有権移転登記手続を行なうこと
(ロ) 小川は、八、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、今後一切獣舎その他本件土地、建物に対して権利を主張せず、獣舎の所有権移転登記手続を行なうこと
(ハ) 笠原商事は原告らに対して前記売買代金一一〇、〇〇〇、〇〇〇円に一五、〇〇〇、〇〇〇円を追加して支払うこと
(ニ) 静岡銀行の競売申立ては笠原商事が右売買代金のうちの四〇、〇〇〇、〇〇〇円をもつて話し合いのうえ責任をもつて処理すること
(ホ) 原告らは本件土地、建物の抵当権者である蔦谷亀太郎、差押債権者である静岡県と熱海市および仮差押債権者である品川信用組合に対して責任をもつて弁済し、右の各登記を抹消すること
そして、右合意に基づき、原告らは、前記売買代金として、契約時に受領した四〇、〇〇〇、〇〇〇円のほか、笠原商事が直接樋口に対して支払つた右示談金一〇、〇〇〇、〇〇〇円および小川に対して支払つた右示談金の内金一、〇〇〇、〇〇〇円ならびに静岡銀行に対する支払分四〇、〇〇〇、〇〇〇円の合計五一、〇〇〇、〇〇〇円を差引いた三四、〇〇〇、〇〇〇円を被告主張の日に受領し、右受領金員のうちから被告主張の各支払いをしたほか、小川に対する右示談金の残金として七、〇〇〇、〇〇〇円、樋口雅祥に対する示談金として二〇〇、〇〇〇円、本件土地、建物の売買手数料および訴訟等処理費用として一二、二二〇、〇〇〇円を支出した。
したがつて、原告らが本件土地、建物についての右売買契約により現実に収得した金額は次表のとおり三四、〇七〇、〇七二円であり、しかも、そのうちには本件土地、建物以外の本件什器類等の物件の代金も含まれているのであるから、被告の前記主張は失当である。
<省略>
(三) 債務控除額について
(1) 借入金について
債務控除されるべき借入金として、被告主張の借入金額二七、四六〇、〇〇〇円のほかに別表三記載のとおり未払利息合計八、八七六、一二〇円がある。したがつて、借入金は合計三六、三三六、一二〇円である。
(2) 遺言執行費用について
原告らは櫛笥一臣の遺言執行費用として二、〇〇〇、〇〇〇円を支出した。したがつて、右金額も債務控除の対象とされるべきである。
五 原告の反論に対する被告の認否
1 原告の反論(一)の(1)ないし(3)の主張はいずれも争う。
2 同(二)のうち、静岡地方裁判所沼津支部における本件土地、建物についての第一回ないし第三回競売期日の最低競売価額が原告主張のとおりであること、一臣が第三回競売期日において原告主張の最低競売価額で競落許可決定を受けたこと、右許可決定に対して即時抗告がなされ、原告主張の日に競落不許可の決定がなされたこと、以上の事実はいずれも認めるが、その余の点は先に被告が主張した点を除き、すべて争う。
3 同(三)の(1)、(2)はいずれも争う。なお原告は遺言執行費用として二、〇〇〇、〇〇〇円を控除すべき旨主張するが、仮りに原告らが遺言執行費用を支出したとしても、遺言執行費用は相続税法一三条所定の債務控除の対象ではないから、右主張は失当である。
第三証拠
一 原告
1 甲第一、二号証、第三号証の一ないし四、第四ないし第六号証の各一、二、第七ないし第一四号証、第一五号証の一、二、第一六ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし五、第二一号証の一ないし四、第二二号証の一ないし三、第二三号証の一、二、第二四ないし第三〇号証を提出。
2 証人渡辺正、同宇尾野直、同石川清の各証言および原告本人尋問の結果を援用。
3 乙第一四号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立(第一、二号証、第八ないし第一一号証については原本の存在および成立)は認める。
二 被告
1 乙第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七ないし第一四号証、第一五号証の一、二、第一六ないし第一八号証、第一九号証の一、二を提出。
2 証人関根辰之輔、同川原田卓雄の各証言を援用。
3 甲第一号証、第三号証の一ないし四、第四ないし第六号証の各一、二、第七、八号証、第一〇号証、第一七号証、第一九号証、第二〇号証の一ないし五、第二一号証の一ないし四、第二二号証の一ないし三、第二三号証の一、二、第二四号証のうちの裏書部分を除くその余の部分、第二五ないし第三〇号証の成立(第一号証、第一七号証については原本の存在および成立)は認めるが、第二四号証の裏書部分を含めてその余の乙号各証の成立は不知。
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件各更正処分における課税価格の認定が正当かどうかについて判断する。
1 総遺産価額について
(一) 櫛笥一臣の遺産として(1)土地八、七二二、八九〇円、(2)家屋一、七八七、七〇〇円、(3)有価証券二、二一一、八二〇円、(4)現金一、一三一、七〇〇円、(5)預金二、八〇二、〇二六円、(6)家庭用財産四三七、五〇〇円があることは当事者に争いがない。
(二) 次に、争いのある事業用財産について検討する。
一臣の遺産として、樋口に対する債権を除くその他の事業用財産一〇、八五〇、〇〇〇円があることは当事者間に争いがなく、また、右遺産に含まれる事業用財産として樋口に対する貸金債権およびこれに対する遅延損害金債権があることも当事者間に争いがない。
そこで進んで、相続税の課税価格を構成すべき樋口に対する債権について検討する。
(1) 樋口に対する債権額について
被告は手形表記載の各約束手形の額面金額二三、四八四、九四〇円をもつて相続開始時における一臣の樋口に対する貸金債権額であると主張し、樋口が一臣宛に右各約束手形を振出したこと、これらのうち同表の番号16を除くその余の各約束手形は樋口が一臣から金員を借受けるにあたつて振出したものであること、同表の番号1ないし15、18、20、22の各約束手形債権全額および同17、19、21の各約束手形債権の合計額一、四八〇、〇〇〇円のうちの七九三、八一八円が一臣の遺産に帰属すること、同表の番号1、6、10、13の各約束手形が貸付元金の支払いまたはその担保のために振出されたこと、相続開始時における一臣の樋口に対する貸金債権額が少くとも同表の番号1、6、10、13の各約束手形の額面金額の合計額一七、五〇〇、〇〇〇円あつたことはいずれも当事者間に争いがない。
ところで、原告は、第五回口頭弁論期日において樋口に対する右貸金債権額が被告主張のとおり二三、四八四、九四〇円であることを認め、その後右自白を撤回して右争いのない一七、五〇〇、〇〇〇円を超える部分を否認するに至つたのが、右自白の撤回は、具体的には、前記手形表の番号16の約束手形債権全額および同17、19、21の各約束手形債権の合計額一、四八〇、〇〇〇円のうちの六八六、一八二円について原告が第七回準備手続期日においてこれらが一臣の遺産に含まれることを認めながら第二〇回口頭弁論期日において本来蔦谷亀太郎に帰属するものであると主張するに至つた点および前記手形表の番号2ないし5、7ないし9、11、12、14、15、17ないし22の各約束手形について原告が第五回口頭弁論期日においてこれらが一臣の樋口に対する貸付元金の支払いまたはその担保のために振出されたものであることを認めながら第七回準備手続期日において前記貸付元金一七、五〇〇、〇〇〇円等の利息の支払いまたはその担保のために振出されたものであると主張するに至つた点にあるので、以下、右自白が真実に反し、かつ、錯誤に基づくものであるとして、その撤回が許容されるかどうかについて判断することにする。
(イ) 前記手形表番号16、17、19、21の各約束手形の帰属について
原告は右手形表の番号16の約束手形債権(原因関係上は貸金債権)全額は本来蔦谷亀太郎に帰属する旨主張し、成立に争いのない甲第一九号証および原告本人尋問の結果の一部によれば、蔦谷亀太郎が相続開始後である昭和四一年一〇月に樋口に対して、樋口が一臣宛に振出し蔦谷がさらに裏書を受けた右番号16の約束手形に基づいて静岡地方裁判所沼津支部に不動産の任意競売の申立てをしていることが認められるが、他方右各証拠によれば、右番号16の約束手形は相続開始時においては一臣の手元にあつたこと(換言すれば、それまで右手形の受取人である一臣がこれを所持していたこと)、蔦谷は樋口に対する貸付けに際しては、原告主張のように一臣を介してかどうかはともかく、右番号16の約束手形の振出日と同じ昭和三六年ごろ樋口に直接蔦谷を受取人とする額面金額一〇、〇〇〇、〇〇〇円および二、〇〇〇、〇〇〇円の各約束手形を振出させていることがいずれも認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、蔦谷が本件相続開始後に相続人である原告らから右番号16の約束手形の裏書譲渡を受けてその権利を取得したものであることの可能性が多大であり、同人が右約束手形に基づいて相続開始後に樋口に対して任意競売の申立てをしていることや樋口に対して一臣と共同で出資していたことからただちに原告主張のように右約束手形債権が一臣の遺産に含まれず本来蔦谷に帰属するものとまで推認することは難かしく、原告本人尋問の結果のうち右主張に副う部分はことに番号16の約束手形が原告の手元から蔦谷へ渡つた経緯についての供述部分が明確を欠くことおよび右認定事実に照らしてにわかに信用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、右番号16の約束手形債権(原因関係上は貸金債権)が一臣の遺産に含まれるとの原告の自白が真実に反することの証明がないことに帰するから、右自白の撤回は許されず、右約束手形債権は原告の当初の自白どおり一臣の遺産に含まれるものというべきである。
原告は、また、手形表の番号17、19、21の各約束手形債権(原因関係上は後記認定のとおり利息債権である。)の一部が一臣の遺産に含まれず本来蔦谷に帰属すると主張する。
なるほど、原告主張のように、一臣の樋口に対する前記当事者間に争いのない貸金債権額一七、五〇〇、〇〇〇円および前認定の番号16の約束手形にかかる貸金債権三、三〇〇、〇〇〇円(右約束手形が貸付元金の支払いまたはその担保のために振出されたことは当事者間に争いがない。)、それに番号15の約束手形債権額二〇〇、〇〇〇円(もつとも、原因関係上は後記認定のとおり利息債権である。)の合計額二一、〇〇〇、〇〇〇円と前掲甲第一九証によつて認められる蔦谷の樋口に対する貸金債権額一二、〇〇〇、〇〇〇円(ただし、前示理由により番号16の約束手形にかかる貸金債権額を除いたもの)との合計額三三、〇〇〇、〇〇〇円に対する一臣の樋口に対する貸付利率月利一分五厘(日歩五銭。これは成立に争いのない乙第六号証の一および証人関根辰之輔の証言によつて認める。)の割合による一月分の利息は番号17、21の各約束手形債権四九五、〇〇〇円と同額になることが計算上明らかであり、また、番号19の約束手形債権額四九〇、〇〇〇円も右金額に近似している。しかし、もともと債権者を異にする複数の貸金債権をまとめてその利息の支払いまたはその担保のために債権者の一方のみを受取人とする約束手形を振出すこと自体極めて異例で、不自然であるのみならず、前認定からすれば、一臣の樋口に対する各貸金債権についてはいずれも一臣を受取人とする約束手形が、また、蔦谷の樋口に対する各貸金債権についてはいずれも蔦谷を受取人とする約束手形がそれぞれ振出されているのであり、このような両者の樋口に対する貸付けに際しての樋口の両者に対する手形振出の態様をも併せ考えるならば、原告主張のような貸金債権額とその利息についての計算関係の偶然的一致からただちに原告主張のように右番号17、19、21の各約束手形債権の一部が一臣の遺産に含まれず、本来蔦谷に帰属するものと推認することは難かしく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、右番号17、19、21の各約束手形債権全額が一臣の遺産に含まれるとの原告の自白が真実に反することの証明がないから、右自白の撤回は許されず、右各約束手形債権は原告の当初の自白どおり全額一臣の遺産に含まれるものというべきである。
(ロ) 貸付元金とその利息の区分について
一臣の樋口に対する貸付利率が日歩五銭(月利一分五厘)の約定であつたことは前認定のとおりであり、右事実に手形表の番号1ないし22の各約束手形の手形金額やその振出日、満期日等の手形振出の態様および証人関根辰之輔、同川原田卓雄の各証言、原告本人尋問の結果の一部ならびに弁論の全趣旨を総合すると、番号2ないし5の各約束手形(なお、番号2ないし4の各約束手形は日歩五銭の割合による利息であるが、同5の約束手形は日歩一〇銭の割合による利息である。)は昭和三六年六月二八日貸付けの六、〇〇〇、〇〇〇(番号1の約束手形)の、同7ないし9の各約束手形は同年七月五日貸付けの六、〇〇〇、〇〇〇円(番号も6の約束手形)の、同11、12の各約束手形は同年七月三一日貸付けの二、〇〇〇、〇〇〇円(番号10の約束手形)の、同14の約束手形は同年八月二五日貸付けの三、五〇〇、〇〇〇円(番号13の約束手形)のそれぞれ右各手形(番号1、6、10、13を除く。)の振出日から満期日までの期間の各利息の支払いまたはその担保のために振出されたものであることが明らかであり、また番号15、17ないし22の各約束手形も貸付元金の利息の支払いまたはその担保のために振出されたものであることが認められ、右認定を左右しうる証拠はない。
そうすると、右番号2ないし5、7ないし9、11、12、14、15、17ないし22の各約束手形が一臣の樋口に対する貸付元金の支払いまたはその担保のために振出されたものであるとの原告の自白は真実に反するものというべきであり、したがつてまた、右自由は原告の錯誤によりなされたものと推認するに難くないから、右自白の撤回は許されるものとするのが相当である。
しかるとき、右各約束手形は前示のとおり一臣の樋口に対する貸付元金の利息の支払いまたはその担保のために振出されたものであるから、右各約束手形の原因関係を貸金債権であるとしてその額面金額の合計額二、六八四、九四〇円を樋口に対する貸金債権額に含ませる被告の主張は失当というべきである。もつとも、右各約束手形債権が原因関係上は利息債権であるとはいえ、それが相続開始時において回収の見込みがあれば一臣の遺産として課税価格を構成することはいうまでもないが、右回収見込みの点については後記(2)において判断することにする。
以上認定した相続開始時における一臣の樋口に対する債権額をまとめると、約束手形債権としては前記手形表記載の各約束手形金額の合計額二三、四八四、九四〇円であるが、被告主張のようにその原因関係についてみれば、貸金債権額は右手形表の番号1、6、10、13、16の各約束手形金額の合計額二〇、八〇〇、〇〇〇円であり、利息債権額は二、六八四、九四〇円となる。そして、右貸金債権については、前掲乙第六号証の一および証人関根辰之輔の証言によれば、一臣と樋口との間において日歩八銭の割合による遅延損害金の約定のなされていたことが認められるところ、右貸金債権の弁済期は右番号1、6、10、13、16の各約束手形の満期日(なお、右16の約束手形の満期日は、前掲甲第一九号証、証人関根辰之輔の証言および弁論の全趣旨によつて昭和三七年一月二七日ないしはそれ以前と認められる。)であると推認されるから、右貸金債権は相続開始時までに二年以上遅滞におちいつていたものと認められ、したがつて、相続開始時においては被告主張のとおり少くとも右貸金債権二〇、八〇〇、〇〇〇円に対する日歩八銭の割合による二年分の遅延損害金一二、一四七、二〇〇円が発生していたものというべきである。
ところで、原告は、相続財産中の債権について、一臣の樋口に対する債権のように社会的には一個の債権ではあるが法律的には貸金債権あるいは手形金債権など複数の構成が可能であり、かつ、現実の回収の結果からみてもそのいずれによつて満足を得たか不明であるような場合には、相続財産としての債権額の認定は納税者の利益に、すなわち本件に即していえば、債権額の少い約束手形債権額に基づいてなされるべきであると主張する。しかし、原告主張のように解さなければならないなんらの法的根拠も見出し難く、本件のように約束手形債権額よりもその原因関係上の債権額の方が多額な場合(前認定の約束手形債権額二三、四八四、九四〇円とそれに対する手形の満期日から相続開始までの手形法定の年六分の割合による利息の合計額よりも前認定の貸金債権額二〇、八〇〇、〇〇〇円とそれに対する利息二、六八四、九四〇円および二年分の遅延損害金一二、一四七、二〇〇円の合計額の方が多額であることは計算上明らかである。)、相続開始時において多額な原因関係上の債権の回収の可能性があるならば、これに基づいて相続税の課税価格を算出することは極めて合理的であり、また仮に、右原因関係上の債権について相続開始時においてその回収が不可能または著しく困難な事情があるときは、その金額は後述のように課税価格を構成しないと解されるから、原因関係上の債権に基づいて相続財産としての債権額を認定することは納税者になんら不当に不利益を課することにはならず、原告の右主張は採用できない。
(2) 樋口に対する債権の価格について
相続税法二二条によれば、相続により取得した財産の価額は原則として相続開始時における時価によるべきところ、本件のように貸金債権等の価額は、それが回収可能であるかぎりはその返済されるべき貸金債権等の元本の金額と相続開始時現在の既経過利息遅延損害金として支払いを受けるべき金額の合計額によるべきことはもとより当然であるが、相続開始時において右各債権の金額の全部または一部の回収が不可能または著しく困難であると見込まれるときは、右金額を除いた残余の金額をもつて右貸金債権等の価額と評価すすのが相当である。
これを本件についてみるに、一臣の樋口に対する前認定の貸金債権について樋口所有の本件土地、建物について昭和三六年六月二八日債権元本極度額三〇、〇〇〇、〇〇〇円、利息日歩五銭、遅延損害金日歩八銭、持分一臣・蔦谷亀太郎各二分の一とする根抵当権の設定とその旨の登記が次いで、昭和三七年五月四日債権額一六、〇〇〇、〇〇〇円、利息日歩五銭、遅延損害金日歩八銭、持分一臣・蔦谷亀太郎各二分の一とする抵当権の設定とその旨の登記がそれぞれなされていたことは当事者間に争いがなく、一方、弁論の全趣旨によれば、樋口は本件相続開始当時その経営にかかるホテル業が不振で既に長期間にわたり休業ないし事業廃止の状況にあり、右相続開始時において、一臣の樋口に対する前認定の貸金債権、利息債権、遅延損害金債権はいずれも樋口から任意に弁済を受けうる状況にはなく、また、樋口は当時本件土地、建物以外に右各債権回収のために強制執行しうるような不動産やその他の財産を所有していなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、樋口に対する前認定の貸金債権利息債権、遅延損害金債権は、そのうち右根抵当権および抵当権によつて担保されている部分の金額のみが回収可能なものとして相続税の課税価格を構成し、担保されていない部分は相続開始時において回収が不可能または著しく困難であると見込まれるから右課税価格を構成しないというべきである。
ところで、民法三七四条一、二項によれば(なお、昭和四六年法律第九九号によつて追加された根抵当に関する民法三九八条の二ないし二二の各規定は本件には適用されない。)、抵当権および本件のように債権元本極度額についての登記がなされた根抵当権によつて優先弁済を受けることができる債権の範囲は、債権元本額(登記された債権元本極度額までであることはいうまでもない。)とそれに対する満期となつた最後の二年分の利息または最後の二年分の遅延損害金に限られ(利息や遅延損害金の登記がなされていることを前提とすることはいうまでもない。)、また、利息と遅延損害金とは通して二年分を超えることができないと解されるから、一臣の樋口に対する前認定の貸金債権、利息債権、遅延損害金債権のうち貸金債権二〇、八〇〇、〇〇〇円とそれに対する日歩八銭の割合による二年分の遅延損害金一二、一四七、二〇〇円は右規定上前記根抵当権および抵当権によつて優先弁済を受けうる範囲に含まれるが、利息債権二、六八四、九四〇円は全額優先弁済を受けうる範囲に含まれないというべきである。してみれば、右利息債権は(根)抵当権によつて担保されているとはいえず、その回収は不可能または著しく困難なものとして相続税の課税価格を構成しないものといわざるをえない。
次に、樋口に対する前認定の貸金債権および遅延損害金債権が、前記根抵当権および抵当権によつて担保されているとして相続開始時において回収が可能と見込まれるかどうかは、ひとえに担保物件の担保価値すなわち本件土地、建物の相続開始時における客観的交換価値(時価)に基づいて判断されるべきである。
しかるときは、被告は本件土地、建物の時価は相続開始時において一〇五、五五七、八〇〇円であると主張するので、この点について検討する。
原告らが相続開始後間もない昭和三九年一〇月一〇日に笠原商事に対して本件土地、建物と本件什器類等の物件を一括して代金一一〇、〇〇〇、〇〇〇円で売渡す契約をしたことは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない乙第一六号証および第一八号証によれば、右売却物件のうち本件什器類等の物件の価額は熱海市泉元宮上分字水ノ口沢上二五一番地の宅地が三二二、二〇〇円、什器類が一、五六〇、〇〇〇円、電話加入権が五六〇、〇〇〇円、温泉使用権が二、〇〇〇、〇〇〇円の合計四、四四二、二〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、右売買契約における本件土地、建物の価格は一〇五、五五七、八〇〇円であると認められる。また、静岡地方裁判所沼津支部より鑑定命令を受けた鑑定人において昭和三七年六月一九日付でした本件土地、建物の評価額が土地部分五三、三二六、五〇〇円、建物部分四一、一六〇、四五九円であつたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第一五号証の一、二によれば、財団法人日本不動産研究所による六大都市を除く地域別市街地価格推移指数表により右鑑定時の昭和三七年度を一〇〇とした場合における相続開始時の昭和三九年度の地価指数のうち原告に有利な上昇率の最低指数は一二七であることが認められる(なお、右指数は乙第一五号証の二の指数表の商業地の欄の昭和三七年三月の指数四七七と同年九月の指数五一〇の平均指数を一〇〇とした場合における昭和三九年三月の指数六二七の割合を計算したものである。)から、これを右土地鑑定評価額に乗じると、右土地の相続開始時における価額は六七、七二四、六五五円となり、また、右建物の鑑定評価時から相続開始時までの二年二月間の減価償却額は、同建物は鉄筋建物を含んでいるが固定資産の耐用年数等に関する省令(昭和二六年大蔵省令第五〇号。ただし、昭和三八年大蔵省令第二一号による改正後のもの)に基づき原告に有利に償却額の最も大きい木造建物の耐用年数二七年を採用して定額法によつて算定すると二、九六九、七二六円となる(<省略>)から、これを右建物の鑑定評価額から控除すると、右建物の相続開始時における価額は三八、一九〇、七三三円となり、これらを合算すると、前記鑑定評価額を基準とした場合の本件土地、建物の相続開始時における価額は一〇五、九一五、三八八円となる。
これに対して、原告は本件土地、建物の相続開始時における価額は七二、二九〇、〇〇〇円を超えることはないと主張する。なるほど、静岡地方裁判所沼津支部において本件土地建物に対する任意競売の申立てに基づいてなされた昭和三七年七月三一日の第一回競売期日および同年一〇月三〇日の第二回競売期日における最低競売価額がそれぞれ九五、〇〇〇、〇〇〇円と八四、〇〇〇、〇〇〇円であつたが、いずれも競買の申出がなく、同年一二月一九日の第三回競売期日にようやく一臣が最低競売価額の七二、二九〇、〇〇〇円で競買の申出をし、競落の許可決定を受けたことは当事者間に争いがない(なお、右許可決定に対しては樋口らから即時抗告の申立てがなされ、昭和四一年七月二〇日東京高等裁判所においで競落不許可の決定がなされたが、このことも当事者間に争いがない。)。しかし、一般に不動産の任意競売や強制競売における競売価額は通常の売買価格と異なり、競買希望者が特殊少数の者であることや競売物件について競落許可決定後も関係者の間で係争が予想されるなどの特殊事情のために時価より相当低廉であることは顕著な事実であるうえ、一臣が競買の申出をみた競売期日は相続開始時より約一年七か月も前であることからみて、前記競売価額七二、二九〇、〇〇〇円が本件土地、建物の相続開始時における時価であるとはとうていいえず、他に原告主張のように右時価が七二、二九〇、〇〇〇円を超えないことを窺わせる証拠もない。
してみれば、本件土地、建物の相続開始時における時価は、右認定した本件土地、建物の相続開始後間もない売買における価格が一〇五、五五七、八〇〇円であることおよび前記鑑定評価額を基準とした場合の相続開始時における価額が一〇五、九一五、三八八円であることに鑑みて、少くとも被告主張のとおり一〇五、五五七、八〇〇円であると認定するのが相当であり、他にこれを左右しうる証拠はない。
一方、本件土地、建物について、それによつて担保されている一臣の樋口に対する前認定の貸金債権および遅延損害金債権よりも優先順位の債権および同順位の債権は、被告主張のとおり合計六四、八二八、一二四円であることは当事者間に争いがない。
そうすると、前認定の本件土地、建物の相続開始時における時価一〇五、五五七、八〇〇円から右認定の優先順位の債権額合計六四、八二八、一二四円を差し引いた残額四〇、七二九、六七六円は優に一臣の樋口に対する前認定の貸金債権額二〇、八〇〇、〇〇〇円および遅延損害金一二、一四七、二〇〇円の合計額を上回るから、右樋口に対する各債権は全額相続開始時において回収が十分可能であると見込まれる。
なお、これを現実の回収結果からみても、本件土地、建物と本件什器類等の物件についての原告らと笠原商事との間の前認定の昭和三九年一〇月一〇日付売買契約は、その後昭和四三年五月二一日に売却代金額を一二五、〇〇〇、〇〇〇円に増額するなど右契約の履行方法等についての再契約が締結されたうえ履行されるに至つたことは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証、第一七号証、乙第一、第二号証および原告本人尋問の結果の一部ならびに弁論の全趣旨を総合すると、右の昭和三九年一〇月一〇日付および昭和四三年五月二一日付の各契約が締結されるに至つた事情は次のとおりであることが認められる。すなわち、前認定のとおり本件土地、建物についての一臣の前記競落の許可決定は昭和四一年七月二〇日に東京高等裁判所において取り消されたが、相続開始当時右取消しを予期していなかつた原告らは一臣の相続財産の整理の一環として笠原商事に対して昭和三九年一〇月一〇日に本件土地、建物と本件什器類等の物件を一括して、一一〇、〇〇〇、〇〇〇円で売渡す契約をしたこと、ところが、右契約の履行が完了しないうちに右競落許可決定が取り消され、そのうえ、その後になつて本件土地の一部に建てられていた獣舎、変電所および礼拝堂について昭和三八年五月一日樋口の夫の樋口雅祥名義の所有権保存登記がなされ、それが転々と移転されて小川の所有名義となつていることが判明するなどしたため、原告らは、樋口に対する債権を本件土地、建物についての再競売手続によつて回収するよりも、本件土地、建物を関係者間の話合いにより任意に売却して、その売却代金によつて回収することが得策と考え、樋口、小川、笠原商事らと話し合つた結果、昭和四三年五月二一日笠原商事との間において売却代金を一二五、〇〇〇、〇〇〇円に増額するなどの前記契約の履行方法等についての再契約が締結されるに至つたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右しうる証拠はない。そして、原告らが右両契約に基づき右売却代金一二五、〇〇〇、〇〇〇円のうち笠原商事が直接支払いを約した本件土地、建物についての先順位抵当権者を静岡銀行に対する樋口の債務弁済金四〇、〇〇〇、〇〇〇円、樋口に対する示談金一〇、〇〇〇、〇〇〇円、小川に対する示談金一、〇〇〇、〇〇〇円の合計五一、〇〇〇、〇〇〇円を差し引いた残額七四、〇〇〇、〇〇〇円を笠原商事から次表上欄のとおり受領し、そのうちの二〇、五〇九、九二八円を次表下欄のとおり先順位ないし同順位の債権者(ただし、品川信用組合は本件土地、建物の仮差押債権者である。)に支払つたことは当事者間に争いがない。
<省略>
原告は右受領した七四、〇〇〇、〇〇〇円のうちから右のほかさらに小川に対する示談金の残金として七、〇〇〇、〇〇〇円、利害関係人たる前示樋口雅祥に対する示談金として二〇〇、〇〇〇円、本件土地、建物の売買手数料および訴訟等処理費用として一二、二二〇、〇〇〇円を支出したと主張するが、小川に対する示談金については、前掲乙第二号証、いずれも弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一八号証および乙第一四号証によれば、前記関係者らの話合いに基づき小川と笠原商事との間で昭和四三年五月一五日前記獣舎、変電所、礼拝堂等の物件を八、〇〇〇、〇〇〇円で小川が笠原商事に売却する仮契約が締結され、右代金のうちの一、〇〇〇、〇〇〇円についてのみ原告らと笠原商事との間の本件土地、建物についての前記昭和四三年五月二一日付の売買の再契約の際の約定に基づき右売買代金一二五、〇〇〇、〇〇〇円のうちの一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて右支払いにあて、残金の七、〇〇〇、〇〇〇円は笠原商事が負担して支出したことが認められ、右認定に反するようにみえる甲第二号証も、その領収書の名宛人である高橋利明が笠原商事の代理人を兼ねていたことが原本の存在および成立に争いのない甲第一号証により認められるから右認定の妨げとならず、また、乙第一四号証中には小川と笠原商事間の右売買における代金額は五、〇〇〇、〇〇〇円である旨の記載があるが、同号証の他の記載文言から明らかなとおり、右代金額の記載は右売買から三年も後に笠原商事の右売買担当者の単なる記憶に基づき正確でないかもしれないとの留保つきでなされているものであるから右認定を妨げるに足りず、証人石川清の証言および原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してにわかに信用し難く、他に右認定を左右しうる証拠はない。また、樋口雅祥に対する示談金については、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第九号証および原告本人尋問の結果の一部によれば、原告らが昭和四三年一二月一八日樋口雅祥に二〇〇、〇〇〇円を支出したことが認められるが、同人は前認定のとおり前記獣舎、変電所、礼拝堂等の所有名義を既に小川に移転済みであつて、本件土地、建物をめぐる係争から離脱していたものというべきであるから、樋口雅祥に対する二〇〇、〇〇〇円の支払いは原告らが樋口に対する債権の回収のために要した費用にはあたらないというべきである。そしてまた、本件土地、建物の売買手数料および訴訟等処理費用については、いずれも証人石川清の証言および原告本人尋問の結果の各一部により成立が認められる甲第一三、第一四号証、第一五号証の一、二、第一六号証および証人石川清の証言ならびに原告本人尋問の結果の各一部によれば、原告らが右売買手数料および訴訟等処理費用として五、二〇〇、〇〇〇円(甲第一三、第一四号証、第一五号証の二、第一六号証記載の金額の合計額)を支出したことが認められるが、それ以上支出したとの原告主張事実は、原告本人尋問の結果のうち右主張に副う部分は供述内容が漠然としていてにわかに採用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、原告らは前記売買代金一二五、〇〇〇、〇〇〇円のうち四八、二九〇、〇七二円を現実に取得したことになり、右代金のうちには本件什器類等の物件の価格(昭和三九年当時で前認定のとおり四、四四二、二〇〇円)が含まれており、かつ、それが昭和四三年当時には多少値上がりしていたとしても、一臣の樋口に対する前認定の貸金債権二〇、八〇〇、〇〇〇円および遅延損害金一二、一四七、二〇〇円は本件土地、建物の売却処分によつて全額原告らに回収されたものと認められる。
以上によれば、相続税の課税価格を構成する樋口に対する債権額は貸金債権二〇、八〇〇、〇〇〇円、遅延損害金一二、一四七、二〇〇円の合計三二、九四七、二〇〇円となり、一臣の遺産としての事業用財産の価額は前認定のその他の事業用財産の価額一〇、八五〇、〇〇〇円と合計して四三、七九七、二〇〇円となる。
2 債務控除額について
一臣の遺産からの債務控除額として(1)公租公課三八七、二六〇円、(2)未払金三、二五四、〇六三円、(3)葬式費用七三三、九六一円があることは当事者間に争いがない。
次に、争いのある借入金と遺言執行費用について順次判断する。
(一) 借入金について
原告は被告主張の借入金二七、四六〇、〇〇〇円のほかに別表三記載の未払利息合計八、八七六、一二〇円があると主張するので、以下、検討する。
(1) 渡辺正に対する未払利息分について
一臣が渡辺正から別表三記載の各金員を借受けたことは当事者間に争いがない。原告は、右借入れに際して同表記載のとおり利息の約定がなされたと主張するが、前掲乙第一六号証、証人渡辺正の証言によつて成立の認められる甲第一一号証の一部、証人渡辺正、同関根辰之輔の各証言および原告本人尋問の結果の一部ならびに弁論の全趣旨によれば、渡辺は過去において一臣から商売上の世話を受けるなど一臣と親近関係にあつたこと、渡辺の一臣に対する前記各貸付けは右縁故により一臣の樋口に対する貸付資金を提供するためになされたものであるが、その際、渡辺と一臣との間においては、貸付元本の弁済期や利息についての明確な約定はなされず、ただ、一臣が樋口から担保にとつた本件土地、建物が有利に売却処分されたときはその利益の中から月利三分程度の利益を一臣が渡辺に分配する旨の約定がなされたに過ぎないこと、渡辺は、相続開始後、一臣の遺言執行者猪俣浩三の求めにより一臣に対する債権の届出として甲第一一号証の書面を提出したものの、当時本件土地、建物の有利な売却処分の見通しが立ち難かつたため、貸付元本の返済のみで満足し、前記各貸付けに対する利息等の対価は現在に至るまで取得していないこと、原告らの相続税についての確定申告は甲第一一号証の書面の提出後になされたにもかかわらず原告主張のような渡辺に対する未払利息分について申告がなされていないこと、以上の事実が認められ、甲第一一号証および原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、いずれも前掲各証拠と対比してにわかに信用し難く、他に右認定を左右しうる証拠はない。右認定事実によれば、渡辺の前記各貸付けに対する一臣の利息等の対価の支払いについての約束は、一臣の任意の履行を期待しうるに止まるいわば自然債権ともいうべきものであつて、相続開始時においていまだ確定した債務であつたとはいえないから、相続税法一三条一項一号所定の遺産からの控除の対象となる債務には該当しないといわざるをえない。したがつて、原告の前記主張は採用できない。
(2) 豊不動産に対する未払利息分について
一臣が豊不動産から別表三記載の金員を同表記載の利息の約定で借受けたことは当事者間に争いがないが、前掲乙第一六号証および証人関根辰之輔の証言ならびに被告の主張内容に鑑みて、原告主張の豊不動産に対する未払利息分二〇八、六二〇円はそれより多額の四〇〇、〇〇〇円として被告主張の借入金二七、四六〇、〇〇〇円の中に計上済みであることが明らかであるから、被告主張の右借入金額にさらに右未払利息分が加算されるべきであるとの原告の主張は採用できない。
(3) 宇尾野直に対する未払利息分について
一臣が宇尾野から別表三記載の各金員を借受けたことは当事者間に争いがない。原告は、右借入れに際して同表記載のとおり利息の約定がなされたと主張するが、成立に争いのない乙第七号証および証人関根辰之輔、同宇尾野直の各証言によれば、宇尾野と一臣とは同郷出身で長年友人関係にあつたこと、宇尾野の一臣に対する前記各貸付けは右関係により一臣の樋口に対する貸付資金を提供するためになされたものであるが、その際、宇尾野と一臣との間においては、貸付元本の弁済期や利息についての明確な約定はなされず、ただ、一臣が樋口から担保にとつた本件土地、建物が有利に売却処分されたときにはその利益の中から若干の利益を一臣が宇尾野に分配する旨の約定がなされたに過ぎないこと、宇尾野は一臣が死亡したため貸付元本の返済のみで満足し、前記各貸付けに対する利息等の対価は現在に至るまで取得していないこと(もつとも、被告の主張によると、宇尾野は三〇〇、〇〇〇円の対価を取得していることになるが、右対価は被告主張の借入金二七、四六〇、〇〇〇円の中に計上済みである。)、以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してにわかに信用し難く、他に右認定を左右しうる証拠はない。右認定事実によれば、宇尾野の前記各貸付けに対する一臣の利息等の対価の支払いについての約束は一臣の任意の履行を期待しうるに止まるいわば自然債務ともいうべきものであつて、相続開始時においていまだ確定した債務であつたとはいえないから、相続税法一三条一項一号所定の遺産からの控除の対象となる債務には該当しないといわざるをえない。したがつて、原告の前記主張は採用できない。
(二) 遺言執行費用について
原告は一臣の遺言執行費用二、〇〇〇、〇〇〇円が一臣の遺産から控除されるべきであると主張するが、仮りに原告らが右費用を支出したとしても、民法一〇二一条、八八五条一項によれば遺言執行費用は相続財産の中から支弁すべき相続財産に関する費用であつて、被相続人の債務ではなく、また、被相続人に係る葬式費用でないこともいうまでもないから、相続税法一三条一項各号所定の遺産からの控除の対象となる債務には該当しないというべきである。したがつて、原告の前記主張は採用できない。
3 以上認定したところをまとめると、本件相続における総遺産価額は(1)土地八、七二二、八九〇円、(2)家屋一、七八七、七〇〇円、(3)事業用財産四三、七九七、二〇〇円、(4)有価証券二、二一一、八二〇円、(5)現金一、一三一、七〇〇円、(6)預金二、八〇二、〇二六円、(7)家庭用財産四三七、五〇〇円の合計六〇、八九〇、八三六円となり、一方、債務控除額の合計額は被告主張のとおり三一、八三五、二八四円である。
ところで、前掲乙第一六号証および弁論の全趣旨によれば、一臣の相続財産は本件各更正処分当時未分割であつたことが認められるから、相続税法五五条により原告ら各自の相続税の課税価格を民法九〇〇条一号所定の法定相続分に応じて算出すると、次の算式により、選定者櫛笥マスノの課税価格は九、六八五、一〇〇円となり、原告を含めたその余の選定者らの課税価格は各四、八四二、五〇〇円となる(ただし、昭和四二年法律第一四号による改正前の国税通則法九〇条一項により一〇〇円未満の端数は切り捨てる。)。
選定者櫛笥マスノ分<省略>
その余の選定者分<省略>
してみれば、本件各更正処分における課税価格の認定は、以上認定した各課税価格を超える限度において違法というべきである。
二 叙上によれば、本件各更正処分は選定者櫛笥マスノについては課税価格九、六八五、一〇〇円を、原告を含めたその余の選定者らについては課税価格各四、八四二、五〇〇円をそれぞれ超える部分に限り違法であり、したがつてまた、本件各賦課決定処分は右違法な各部分に対応する部分に限り違法というべきである。
よつて、原告の本訴各請求は本件各更正処分および本件各賦課決定処分のうち右違法な各部分の取消しを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高津環 裁判官 上田豊三 裁判官 横山国輝)
選定者目録
新潟県上越市本町二丁目四番一〇号
櫛笥信一
同所
櫛笥マスノ
東京都葛飾区青戸町六丁目二七番一一号
斉藤トミエ
同都渋谷区幡ヶ谷二丁目四番一三号、五協荘内
斉藤京子
新潟県上越市大字土橋九三一番地の八
櫛笥サチ子
別表一 申告額および更正額
<省略>
別表二 裁決額
<省略>
別表三
<省略>
別表四
<省略>
物件目録
1 静岡県熱海市泉元宮上分字中沢下二三二番地の三
一、宅地 七九〇・〇八平方米(二三九坪)
2 右同所二三二番地の八
一、宅地 二、六三八・〇一平方米(七九八坪)
3 右同所二三二番地の一二
一、宅地 三七六・八五平方米(一一四坪)
4 右同所二三二番地の一八
一、宅地 三六三・六三平方米(一一〇坪)
5 右同所二三二番地の三二
一、宅地 六六・一一平方米(二〇坪)
6 右同所二三二番地の四一
一、宅地 三三〇・五七平方米(一〇〇坪)
7 右同所二三二番地の五六
一、宅地 二四〇・九九平方米(七二坪九合)
8 右同所二三三番地の一
一、宅地 三、一九〇・〇八平方米(九六五坪)
9 右同所二三三番地の四五
一、宅地 七六三・六三平方米(二三一坪)
10 右同所二三三番地の四六
一、保安林 五九五・〇四平方米(六畝歩)
11 右同所二三五番地の二
一、宅地 四〇九・九一平方米(一二四坪)
12 静岡県熱海市泉元宮上分字中沢下二三二番地の三二
同所二三二番地の四一
家屋番号 塩坪一〇番の一二
一、木造瓦葺地下一階付二階付二階建旅館一棟
建坪 三三二・八五平方米(一〇〇坪六合九勺)
二階 六九・八五平方米(二一坪一合三勺)
地階 一六・二九平方米(四坪九合三勺)
13 右同所二三二番地の三、二三二番地の一八
家屋番号 塩坪一〇番の一三
一、木造瓦葺及び亜鉛メツキ鋼板葺二階建旅館一棟
建坪 二五三・七五平方米(七六坪七合六勺)
二階 九〇・五一平方米(二七坪三合八勺)
14 右同所二三二番地の三、二三二番地の一八
家屋番号 塩坪一〇番の一四
一、木造瓦葺及び鉄筋コンクリート造地下一階付二階建旅館一棟
建坪 三九六・三三平方米(一一九坪八合九勺)
二階 三五〇・六四平方米(一〇六坪七勺)
地階 二八〇・八五平方米(八四坪九合六勺)
15 右同所二三二番地の五六
家屋番号 塩坪一〇番の一五
一、鉄筋コンクリート造陸屋根四階建旅館一棟
建坪 一五二・三三平方米(四六坪八合)
二階 一七六・〇三平方米(五三坪二合五勺)
三階 一七五・七三平方米(五三坪一合六勺)
四階 二六・一四平方米(七坪九合一勺)
16 右同所二三二番地の一二
家屋番号 塩坪一〇番一六
一、鉄筋コンクリート造陸屋根二階建居宅一棟
建坪 四九・五八平方米(一五坪)
二階 四一・〇二平方米(一二坪四合二勺)
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟
建坪 三五・一〇平方米(一〇坪六合二勺)
一、鉄筋コンクリート造陸屋根平家建物置一棟
建坪 五五・五三平方米(一六坪八合)
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建一棟
建坪 一三・二二平方米(四坪)
一、鉄筋コンクリート造陸屋根平家建洗濯場
建坪 九・〇九平方米(二坪七合五勺)